2022年度 和光高等学校入学式 校長式辞
第7波発生か、と懸念される中で、何とか入学式を迎えることができました。ウクライナで起きていることについては、1ヶ月前の高校の卒業式でも触れました。これから和光で学ぶ人と、和光で3年間学んできた人とで、話す観点を変えてみました。併せてご覧いただければ幸いです。
新入生のみなさん、高校入学おめでとうございます。私たち和光高校の教職員一同、みなさんの入学を心から歓迎します。そして、新入生を今日まで見守ってきた保護者の皆さん、お子さんの成長の節目を迎え、感慨もひとしおのことでしょう。お祝い申し上げます。
さて、みなさんは世の中が大変な中、高校生生活を歩み始めることになります。言うまでもなく、新型コロナウイルス感染症の拡がりが3年目に入ること、そしてウクライナで大変なことが起きているからです。ウクライナのニュース映像を見ると、破壊された建物や、ぼかしが入っているとはいえ、遺体が次から次へと目に入り、「見るのもつらい」という人もいるか、と思います。とある精神科のお医者さんが「自分も同じようにつらい、と思うのだが、一人の大人としてこのことから目を背ける訳にはいかない、だからニュースを見る時間を限るようにしている」ということを書いていました。参考になるかもしれません。
さて、今日は、ウクライナで起きていることを取り上げながら、同時に「学ぶ」とはどういうことかのヒントになるような話をしたいと思っています。
まず、みなさんに問いたいのは、今、ウクライナで起きていることを何と呼べばよいか、です。どうでしょうか。メディアでは「ウクライナ侵攻」という表現が当初よく使われていました。「侵攻」と似た言葉で「侵略」という言葉もあります。略奪の「略」という字が使われている分、「侵攻」よりネガティブな感じのする言葉です。ウクライナで行われていることを考えたら、侵略の方が適切な気もします。
それから、これは「戦争」でしょうか。ロシアでは「特別軍事作戦」という言葉を使っています。あくまで、戦争ではない、自国の行動を正当化する感じが強くなる表現か、と思います。他方で、「戦争」とはあくまで、宣戦布告、相手に対しこれから戦争するぞ、という宣言があって、始まるものだとすれば、今起きていることは「戦争」ではありません。しかし、継続的に軍事行動が国家間で起きていれば宣戦布告の有無を問わず「戦争」とする考え方もあります。軍と軍が応酬しあっている今の状態は、私は「戦争」と呼ぶべきかと考えます。
少し横道にそれますが、今から約100年前の1914年に世界中を巻き込む大きな戦争がありました。第1次世界大戦と呼ばれているものですが、当時の人々はその戦争のことを絶対に「第1次世界大戦」とは呼んでいませんでした。「第1次」とは、次に「第2次世界大戦」が起きるから、そのような言い方になるからです。当時の人々は、もう1回世界大戦が起きるとは考えようもないし、むしろあまりに戦争が悲惨だったために、戦争を止めるためにはどうするか、ということが第1次世界大戦後は模索されたのでした。当時の日本では「欧州大戦」と言っていましたし、イギリスの歴史教科書では今でも「大戦争 The Great War」と表現されています。
ここで言いたかったことは、どのような言葉で事柄を表現するか、名付けと言っても良いと思いますが、そこには認識が反映されているということです。これから、様々なことを学んでいく上で、このことは覚えておいて欲しいし、自分の使う言葉に敏感になって欲しいと思います。
また、ウクライナの話に戻りましょう。ロシアは今回の「特別軍事作戦」の目的が、自国の安全を守るためのものであること、ウクライナの東部でロシアと近しい勢力が作った「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」を支援するため、としています。ドネツク、ルガンスクというのはもともとウクライナ領で、ウクライナの州の名前です。ですから、分離・独立するためには手続きが必要な訳ですが、ウクライナとの間で合意があった訳ではありません。世界で唯一ロシアだけがこれらの「国」の存在を認めています。そして、今「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」の指導者は、ロシアへの編入を問う住民投票を実施することを表明しています。このまま進めば、いつの間にかウクライナの領土の一部がロシアのものになってしまう訳です。
ここで、みなさんにいくつかの地名を知っているか、聞いてみたいと思います。クリミアという地名はどうですか?聞いたことがあるという程度で良いのですが、どうでしょうか?ここは、100年以上前にナイチンゲールというイギリス人の女性が看護婦として活躍した場所として有名なところです。実は、クリミアは2014年に今回と同じようにロシア軍が軍事行動を起こし、ロシアの領土に編入したとしている場所です。この時はあまり時間はかからなかったのです。ロシアにすれば、8年前に行ったことと同じことを「成功体験」に基づいてやろうとして、今回は泥沼の状況に陥っているということになります。
続いて、南オセチアという地名はどうでしょう?こちらは、ほとんど知っている人はいないのではないでしょうか。もともとは、ジョージアという国の領土ですが、2008年に「ドネツク共和国」と同様に、親露派の住民が同じように「独立」を宣言し、ロシア領土への編入こそされていないものの、今なおロシア軍が駐留している地域です。
ある国の一部を、別の国が勝手に「独立」させて支配を確立する手法というのは、かなり前から使われています。実は、日本も同じことをやっているのですが、分かるでしょうか。そうです。1931年の「満州事変」です。中国から東北部の地域を謀略と軍事行動によって切り離し「独立」させ、実質的に日本の植民地にしたのです。当時、「満州国」を承認している国が日本しか無かったことまで同じです。
このように過去の出来事と比較することで、今起きていることの意味がよりはっきりする訳です。歴史的に考えると言っても良いでしょう。
みなさんが、これから和光高校で学んでいく上でのヒントとして、言葉には認識が反映されていること、過去と現在を比較しながら歴史的に考えるという方法が現在起きている問題を考えるのにしばしば有効なこと、の2つについて話をしました。
最後に、改めてですが、ウクライナに、そして世界にどうしたら平和をもたらすことができるのか、簡単には答えは出ませんが、みなさんと共に考えていきたいと思います。「答えの無い問い」を考えることが和光高校の学びなのですから。そして、先ほどみなさんが聞いた本校の校歌の歌詞の結びにあるように、この学校は「平和の砦 我ら和光」なのですから。
新入生のみなさん、高校入学おめでとうございます。私たち和光高校の教職員一同、みなさんの入学を心から歓迎します。そして、新入生を今日まで見守ってきた保護者の皆さん、お子さんの成長の節目を迎え、感慨もひとしおのことでしょう。お祝い申し上げます。
さて、みなさんは世の中が大変な中、高校生生活を歩み始めることになります。言うまでもなく、新型コロナウイルス感染症の拡がりが3年目に入ること、そしてウクライナで大変なことが起きているからです。ウクライナのニュース映像を見ると、破壊された建物や、ぼかしが入っているとはいえ、遺体が次から次へと目に入り、「見るのもつらい」という人もいるか、と思います。とある精神科のお医者さんが「自分も同じようにつらい、と思うのだが、一人の大人としてこのことから目を背ける訳にはいかない、だからニュースを見る時間を限るようにしている」ということを書いていました。参考になるかもしれません。
さて、今日は、ウクライナで起きていることを取り上げながら、同時に「学ぶ」とはどういうことかのヒントになるような話をしたいと思っています。
まず、みなさんに問いたいのは、今、ウクライナで起きていることを何と呼べばよいか、です。どうでしょうか。メディアでは「ウクライナ侵攻」という表現が当初よく使われていました。「侵攻」と似た言葉で「侵略」という言葉もあります。略奪の「略」という字が使われている分、「侵攻」よりネガティブな感じのする言葉です。ウクライナで行われていることを考えたら、侵略の方が適切な気もします。
それから、これは「戦争」でしょうか。ロシアでは「特別軍事作戦」という言葉を使っています。あくまで、戦争ではない、自国の行動を正当化する感じが強くなる表現か、と思います。他方で、「戦争」とはあくまで、宣戦布告、相手に対しこれから戦争するぞ、という宣言があって、始まるものだとすれば、今起きていることは「戦争」ではありません。しかし、継続的に軍事行動が国家間で起きていれば宣戦布告の有無を問わず「戦争」とする考え方もあります。軍と軍が応酬しあっている今の状態は、私は「戦争」と呼ぶべきかと考えます。
少し横道にそれますが、今から約100年前の1914年に世界中を巻き込む大きな戦争がありました。第1次世界大戦と呼ばれているものですが、当時の人々はその戦争のことを絶対に「第1次世界大戦」とは呼んでいませんでした。「第1次」とは、次に「第2次世界大戦」が起きるから、そのような言い方になるからです。当時の人々は、もう1回世界大戦が起きるとは考えようもないし、むしろあまりに戦争が悲惨だったために、戦争を止めるためにはどうするか、ということが第1次世界大戦後は模索されたのでした。当時の日本では「欧州大戦」と言っていましたし、イギリスの歴史教科書では今でも「大戦争 The Great War」と表現されています。
ここで言いたかったことは、どのような言葉で事柄を表現するか、名付けと言っても良いと思いますが、そこには認識が反映されているということです。これから、様々なことを学んでいく上で、このことは覚えておいて欲しいし、自分の使う言葉に敏感になって欲しいと思います。
また、ウクライナの話に戻りましょう。ロシアは今回の「特別軍事作戦」の目的が、自国の安全を守るためのものであること、ウクライナの東部でロシアと近しい勢力が作った「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」を支援するため、としています。ドネツク、ルガンスクというのはもともとウクライナ領で、ウクライナの州の名前です。ですから、分離・独立するためには手続きが必要な訳ですが、ウクライナとの間で合意があった訳ではありません。世界で唯一ロシアだけがこれらの「国」の存在を認めています。そして、今「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」の指導者は、ロシアへの編入を問う住民投票を実施することを表明しています。このまま進めば、いつの間にかウクライナの領土の一部がロシアのものになってしまう訳です。
ここで、みなさんにいくつかの地名を知っているか、聞いてみたいと思います。クリミアという地名はどうですか?聞いたことがあるという程度で良いのですが、どうでしょうか?ここは、100年以上前にナイチンゲールというイギリス人の女性が看護婦として活躍した場所として有名なところです。実は、クリミアは2014年に今回と同じようにロシア軍が軍事行動を起こし、ロシアの領土に編入したとしている場所です。この時はあまり時間はかからなかったのです。ロシアにすれば、8年前に行ったことと同じことを「成功体験」に基づいてやろうとして、今回は泥沼の状況に陥っているということになります。
続いて、南オセチアという地名はどうでしょう?こちらは、ほとんど知っている人はいないのではないでしょうか。もともとは、ジョージアという国の領土ですが、2008年に「ドネツク共和国」と同様に、親露派の住民が同じように「独立」を宣言し、ロシア領土への編入こそされていないものの、今なおロシア軍が駐留している地域です。
ある国の一部を、別の国が勝手に「独立」させて支配を確立する手法というのは、かなり前から使われています。実は、日本も同じことをやっているのですが、分かるでしょうか。そうです。1931年の「満州事変」です。中国から東北部の地域を謀略と軍事行動によって切り離し「独立」させ、実質的に日本の植民地にしたのです。当時、「満州国」を承認している国が日本しか無かったことまで同じです。
このように過去の出来事と比較することで、今起きていることの意味がよりはっきりする訳です。歴史的に考えると言っても良いでしょう。
みなさんが、これから和光高校で学んでいく上でのヒントとして、言葉には認識が反映されていること、過去と現在を比較しながら歴史的に考えるという方法が現在起きている問題を考えるのにしばしば有効なこと、の2つについて話をしました。
最後に、改めてですが、ウクライナに、そして世界にどうしたら平和をもたらすことができるのか、簡単には答えは出ませんが、みなさんと共に考えていきたいと思います。「答えの無い問い」を考えることが和光高校の学びなのですから。そして、先ほどみなさんが聞いた本校の校歌の歌詞の結びにあるように、この学校は「平和の砦 我ら和光」なのですから。
2022年4月11日
和光高等学校校長 橋本 暁