第72回卒業式 校長式辞


春、まだ肌寒い日々が続く中、3年生の皆さんは和光高校を旅立っていきます。卒業生のみなさん、ご卒業おめでとう。そして、卒業生を今日まで見守ってきた保護者の皆さま、お子さんのご卒業を心よりお祝い申し上げます。



さて、皆さんが和光高校に入学したのは2021年4月。まだ新型コロナウイルス感染症への対策を学校が様々に取らなくてはならない中でのスタートでした。2年生時の研究旅行の写真を見返してみると記念の集合写真を除いては、マスクをして活動している写真です。改めて大変な時間を過ごしてきたのだな、と思います。コロナ禍の中で、皆さんは間違いなく「割りをくった」のだと思いますが、その割りは、若い皆さんは、これからの人生の中で十分取り返すことが可能かと思います。人生の時間はそれぐらいには長いことは保証できます。


その一方で、自分の意志とは関係ないところで、生命すら奪われている若者たちがいます。言うまでもなく、ウクライナでの戦争であり、パレスチナ・ガザ地区へのイスラエルの侵攻です。今日は、このうちパレスチナのことを取り上げてみて話をしてみたいと思います。


パレスチナとイスラエルの関係は、中東問題としてよく知られているところです。和光の授業でも聞いたことがある人がいるでしょう。第2次世界大戦後、事実上イギリスの植民地であったパレスチナという地域に、ユダヤ人がイスラエルという国をつくったところから問題が大きくなります。なぜなら、パレスチナには、元々アラブ人たちが住んでいて、彼らを追い出して定住したからですし、イスラエルの建国をめぐって戦争になったからです。イスラエル建国の背景に、第2次世界大戦後、ヨーロッパはじめ世界各地からユダヤ人たちがイスラエルを目指したということがあります。それは第2次世界大戦中、ヒトラーのナチスがユダヤ人たちを大量に虐殺したことが影響しています。ユダヤ人の虐殺は、ホロコーストと呼ばれています。600万人が亡くなったとされています。生き延びた人たちがヨーロッパには希望がないと考え、移住してきたのです。


ホロコーストは、ある特定の人間のグループを完全に抹殺しようとする意図を持って、ことがなされたという点で、唯一無二と言われています。二度とホロコーストを繰り返さないために、私たちは何を考えなくてはいけないのか、様々な営みが行われました。私自身もこの問題に関心を持ち、強制収容所をいくつも訪ねたり、ドイツの歴史を何年も学び続けてきました。


再びガザの話に戻れば、今、ガザで起きていることは、死者の数やイスラエルの攻撃の仕方、住民の犠牲の在り方を考えると、10月7日のハマスによる「攻撃」、カギカッコがつきますが、に対する「自衛」の範囲は、はるかに超えていて、イスラエルによる一方的な制圧です。ジェノサイドと呼ぶ人もいます。去年、北部の都市ガザを攻撃した時、イスラエルは避難する時間を与えるのだから問題ない、としましたが、ガザ地区に逃げるところなどないのです。大きさは東京23区の6割ほどしかないのですから。そして、かろうじて逃げ延びた人々のいる南部のラファを、今現在攻撃しています。既に3万人を超える死者が出ていて、住むところが失われ食糧もない状況に追い込まれている人々がたくさんいるのです。


ところで、今回の件に関わって、私がショックを受けたのは、イスラエルの人々の間に「ホロコーストを2度と経験しないために相手を攻撃することは許される」という主張が拡がっていることです。政府もそのように言っているし、イラスエル国民の多くもそう思っているようです。自分たちの生存権を守るためには、他者を攻撃しても許されるということですね。ユダヤ人が凄惨な目にあったことは間違いないとしても、それを口実にしてパレスチナのアラブ人を攻撃しているというのは、私には、何と言って良いのか分からないどんでもない事態でした。


さらに、驚いたのは、ドイツの有名な歴史学者たちが、イスラエルに対する無条件の支持を与えていることでした。ホロコーストを繰り返してはならない、ということは、ありとあらゆる同じ種類の出来事に反対することでなければならないのに、なぜそうならないのか、ということです。改めて考えなければならないこと、分からないことが私の中でたくさん湧きあがってきたのです。


さて、今日ガザの話を取り上げたのは、改めてこの地域の問題に関心を持ってもらいたい、ということが第一、そして、「簡単には解決しない問題でも、学び続け考え続けるしかない」と言いたいからです。中東問題の解決、今日は触れませんでしたがウクライナでの戦争の解決はなかなか見通せません。しかし、そんな中でも希望が無い訳ではありません。イスラエルを軍事的に支えている最大の支援国、アメリカでも、イスラエルによるガザ攻撃に反対するデモがあったり、虐殺をやめろという主張が増えてきたりしています。

 

最初に、皆さんは「割りを食った」世代だと言いました。しかし、いのちさえあれば、そんなものは取り返しがつきます。ガザだけでなく、お正月の能登半島地震でも、13年前の東日本震災でも、若くして未来を奪われた人たちがいます。これから先、十分な時間を持っている皆さんに、少しでも理不尽が少なくなる世の中を共に作っていって欲しいと心から願っています。

どうか、お元気で。和光での日々を糧に前に進んでいってください。 

 

2024年3月12日

和光高等学校校長 橋本 暁  


後記:パレスチナ問題を短い式辞の中で説明することなど無理なのですが、日本での報道が激減する中で、今の状況を改めて考えてもらいたいと思い、テーマに取り上げました。イスラエルで、ホロコーストが攻撃の正当化理由になっている現状については、2024年1月29日放送のクローズアップ現代『ガザと“ホロコースト生還者(サバイバー)” 殺りくはなぜ止まないのか』が参考になります。番組の内容がホームページにまとめられているので、参照してください。


ドイツ現代史研究をめぐる点については、藤原辰史さんの講演『ドイツ現代史研究の取り返しのつかない過ち—パレスチナ問題軽視の背景』に依っています。You tubeで公開されているので、関心のある方はぜひご覧ください。


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