第74回 和光高等学校卒業式 校長式辞
今日、和光高校を旅立っていく3年生のみなさん、卒業おめでとう。
3年間のこの学校で何をみなさんは得たのでしょうか。一人ひとり異なると思いますが、その何かが皆さんのこれからの人生の支えになれば、と思います。そして、卒業生を今日まで見守ってきた保護者の皆さま、お子さんのご卒業、心よりお祝い申し上げます。成長の大きな節目に立ち会い、感慨もひとしおのことと思います。
卒業式の場で最後に何を話したら良いだろうか、と私は毎回悩むのですが、この数カ月、私の頭を離れない問い、すなわち「民主主義が機能するとは、どういうことなのだろうか」という話をしたいと思います。その問いを改めて強く意識するようになったのは、昨年の12月に行われた生徒総会の場で、生徒会活動を廃止するという提案が出されたことが大きかったのです。生徒会活動の廃止案については、提案者の3年生も暴論と言っていましたが、そこには深刻な問題が背景にありました。和光高校の二大行事の一つである体育祭の実行委員会が、なかなか成立しないということでした。提案者は「お任せ民主主義」という言葉こそ使っていませんでしたが、現状に対する問題意識から、いわばショック療法としてこのような提案をしたのでしょう。「お任せ民主主義」とは、本当は関係があるのに、と言うか、切ってもきれないのに、当事者性を持たない人たちによって構成されている「民主主義」と言えるでしょう。民主主義と言うのですから、そこに参加する人たちが平等に参加権を持っていることを前提としています。この学校で言えば、みんなが体育祭や文化祭に参加しているのに、運営に責任を持たない状況が「お任せ民主主義」でしょう。
3年生の皆さんは居ませんでしたが、今年の一月の始業式では、1・2生に向けて生徒総会での議論に触れ、「和光は民主主義を支える人を育てる学校だと私は思っている。だから、生徒会の自治活動も和光生全員を構成員として行われる民主主義の実践だと思っている。」という話をしました。今後の活動がどのようになっていくのかは、生徒の皆さんにかかっていますが、何とか乗り越えてくれると期待しています。
さて、和光の中の問題としても「お任せ民主主義」は大きな問題ですが、私は実は日本という国も「お任せ民主主義」という問題を抱えているのではないかと思っています。この2月に行われた総選挙の投票率は56.3%しかありませんでした。病気で投票に行けない人もいる訳ですから、原理的に100パーセントにはならないのですが、半分近くは投票に行かなかったということです。国の政治に関心が低い人が多すぎはしないでしょうか。高市首相は「国論を二分するような大胆な政策にも果敢に挑戦していくためには、どうしても国民の信任も必要だ」として選挙に踏み切ったのですから、選挙の結果は日本の先行きを大きく変えることになるかもしれないのに政策論争は活発とは言えませんでした。選挙制度のマジックもあり、国会議員の数で言えば首相は圧倒的に信任を得たようにも見えます。実際は所属政党の得票率は過半数には及ばず、全有権者の数を分母にとれば2割前後にしかならないのですが。
「国論を二分するような大胆な政策」に、憲法の改正ということがあるのは間違いありません。この問題について、これから色々な議論がきちんとおこることが大切だと思いますが、関わって2つのことを話しておきたい、と思います。
まず、最初に国民投票をめぐることです。憲法というのは国民全体に関わることですから、少なくとも有権者の半分の賛成が必要だと私は思いますが、実際の法律はそうはなっていない。投票総数の過半数あれば憲法改正は成立することになっています。従って、投票率5割で賛成が過半数ちょっと超えるぐらいなら、実質有権者の25%の賛成で憲法が変えられるということになります。だから、無関心でいることは、白紙委任と同じなのです。
もう一つは、自衛隊という文言を書き込むかどうか、です。自衛隊は現に存在するし、災害救助の場で力を発揮しているのは事実です。今の世界情勢では自衛隊がなければ日本の安全は守れないと考える人はたくさんいます。だから、自衛隊を憲法に書き込んでも何の問題も無いと考えている人が多いように思います。しかし、自衛隊が憲法に書き込まれたら、徴兵制の導入が可能になると警告する人たちもいます。徴兵制は、わざわざ説明するまでもないですが、日本が戦争をするために不可欠な制度でした。あの戦争に対する反省から、日本では徴兵制は無くなりました。そして、憲法の18条には「何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。」とあることから、日本では徴兵制は不可能であるとされてきました。しかし、憲法に自衛隊が書き込まれたら、憲法に認められている組織なのだから「奴隷的拘束」や「意に反する苦役」ではないという理屈を組み立てるのは容易なことでしょう。そういう可能性も考えて国民が選択するなら、それはそれでありうると思いますが、論点がぼやかされて、国民が無関心な中で決まるなら、それで良いのか、と思います。
「民主主義はその構成員に一定の賢さを要求するとんでもない制度だ」と述べた学者がいました。自分たちの関わる事柄に関心を持ち、ちゃんと考えて行動することを求めているということなのでしょう。
和光は、そのとんでもなく、面倒くさい「民主主義」を支えていく人を育てる学校だと私たちは思っています。だから、しつこくこういう話を今日はしました。
米国による1月末のベネズエラでの軍事作戦、2月末から今も続いているイラン攻撃など、明白な国際法違反がまかりとおっています。忘れてしまいがちですが、ウクライナでの戦争は5年目に入り、一応停戦とはなっていますがガザにまだ平和は訪れていません。大国の横暴がまかり通るこの世の中で、私たち一人ひとりがどのような生き方をしていくのか、大人も含めて問われているように思えます。
日々を過ごしていくには、おいしいものを食べて、ちゃんと寝るということが大切。言葉にするとつまらないことですが、日常生活をきちんと過ごしながら、社会や世界のことも考えられる、そういう人になってもらいたい、と思います。
どうぞお元気で。
2026年3月12日
和光高等学校校長 橋本 暁
