第73回 和光高等学校卒業式 校長式辞
春のまだ肌寒い日々が続く中、3年生の皆さんは和光高校を旅立っていきます。卒業生のみなさん、ご卒業おめでとう。そして、卒業生を今日まで見守ってきた保護者の皆さま、お子さんのご卒業、心よりお祝い申し上げます。
さて、皆さんが和光高校に入学したのは2022年4月、その時にどんな話をしたのか、と振り返ってみたら、新型コロナウイルス感染症の7波到来か、という話とこの年の2月に始まったロシアのウクライナ侵略について話をしていました。原稿を読み返したら、まるで社会科の授業のような話で、・・・私は一応社会科の教員なので、しょうがない部分もあるのですが・・・当時の新入生であった皆さんには分かりにくかったかもしれません。
その時に私が伝えたかったことは、2つあって、まずは「言葉には認識が反映されていること」、それから2番目には「過去と現在を比較しながら歴史的に考えるという方法が現在起きている問題を考えるのにしばしば有効なこと」ということでした。これらのことが、3年間この学校で過ごした皆さんの腑に落ちている、ちゃんと分かってもらえていると良いのですが。
時間を現在に戻して世界を見渡してみると、ウクライナでの戦争は間もなく停戦か、という状況にはなっています。米国のトランプ大統領が「ばかげた戦争」を終わらせるとし、様々な行動を行なってきているからですが、戦争が終わるので良かった、と簡単に言えるものではありません。武力によって戦争を起こし、土地を占領して自国のものにしてしまうというロシアの野望を許すのかどうか、という問題が国際社会に突き付けられています。3年前にも話したことですが、ロシアはクリミアという地域を2014年に事実上支配下においています。国際社会はこれを認めていませんが打つ手がない状況でした。しかし、今回これだけ大ごとになった戦争で、ロシアが軍事占領した土地をロシア領と国際社会が認めてしまうなら、戦争を起こして領土を拡張するということが許されることになるのです。自国の利益のため
に、武力でやりたいことをやる、という一世紀前に否定されたことがよみがえってしまいます。
さらに、トランプ大統領は、自国の利益のために、ウクライナの鉱物利権をアメリカに寄越せ、それなら停戦の仲介をするぞ、と言っています。言うことを聞かないなら支援を止めるぞという形でウクライナを脅しています。トランプ大統領とゼレンスキー大統領の口論の映像を思い出す人もいるでしょう。私個人の評価としては、トランプという人は自分の国のことしか考えない、それも利益一辺倒のリーダーにしか見えないのですが、ギョッとするのは、その彼は投票で多数を得て選ばれているということです。どういうリーダーをある集団が選ぶか、その集団の成熟度や安定度が影響すると思いますが、それにしてもどうなっているのか、という思いにとらわれます。
残念ながら、これからの世界は混迷の度が深まるしかないという状況です。こうした中で卒業生のみなさんひとり一人はどのように生きていくのでしょうか。複雑で分かりにくいことから目を背けて、自分の周りの狭い範囲の「幸せ」を追求するのも一つの在り方でしょう。しかし、私たち和光の教員たちは、多面的にものごとを見てきちんと考え、自分から遠い弱者・苦しんでいる人のことも共感できる若者を世に送り出したい、と考えてきました。最後にもう一度このことをみなさんに訴えたいと思います。
3年前に、「ウクライナに、そして世界にどうしたら平和をもたらすことができるのか、簡単には答えは出ませんが、みなさんと共に考えていきたいと思います。『答えの無い問い』を考えることが和光高校の学びなのですから」と言って入学式の式辞を結んだのですが、この問いに答えることはますます難しくなってしまいました。卒業式では、みなさんに希望を持たせるような話をするのが通常なのでしょうが、これだけ困難な時代に、甘い砂糖菓子のような話をするのもどうか、と思い、率直に今考えていることを述べました。
困難な時代にともに生きていく仲間、後進であるみなさんの進む道が少しでも幸運であることを願ってやみません。私たちは願うことしかできませんが、皆さんは自分で進む力をこの学校で多かれ少なかれ得たことと思います。自力で道を切り開いてどうか進んでい
ってください。
身体に気をつけて。お元気で。
2025年3月12日
和光高等学校校長 橋本 暁