「日韓」ではなく「私とあなた」として出会う―― 国際交流委員会による報告会
2025年度の国際交流委員会が韓国ハクナム高校との取り組みについて報告会を行いました。
和光高等学校の国際交流にはプログラムがありません。プログラムは日韓両校の生徒が話し合って決めていきます。
プログラムが決まっていないこの交流で、和光高校の生徒たちが韓国のハクナム高校の日本語クラブ「モナカ」の生徒たちとの1年間にわたる対話と葛藤から学んだ真の繋がりを築くための「5つのポイント」を報告しました。
【1】主語を「国」から「個人」へ――「私とあなた」 国際交流委員会が見出した視点は「私とあなた」でした。これは一見シンプルですが、交流時に背負いがちな主語「韓国人と日本人」というフィルターを意識的に外し、「私とあなた」をテーマに交流しました。この「私とあなた」という視点は、交流を単なる仲良しごっこにせず、「国」という枠組みから個人を解放し、目の前にいる個人を尊重することで初めて互いの本質に触れていくために必要な土台でした。 だからこそ普段の生活について質問しあい、「朝起きるのがだるい」「好きな人はいるの?」といった、他愛もない個人の言葉を大事に関係を築いてきました。
【2】言語の壁を越えるのは「翻訳機」ではなく「知りたい」という熱量 オンライン交流の初期、生徒たちは「翻訳機の画面を見せ合うだけ」というコミュニケーションの限界に直面しました。しかし、そこで彼らが学んだのは、テクノロジーの活用以上に重要な「届けたい言葉」の重みでした。 ある生徒は、ホームステイ先で感謝を伝えるため「家に着く3秒前まで、必死にチャットGPTで適切な挨拶を調べていた」と振り返ります。この泥臭いまでの熱量こそが、洗練された通訳ツール以上に相手の心を動かしました。 「言語の壁があっても相手のことを知りたいという気持ちが大切。これは言語の壁の有無に関わらず、どんなコミュニケーションにおいても重要なのではないでしょうか。」
【3】衝突を恐れない勇気――「反日クイズ」事件が教えてくれた「待つ」価値 交流の中で、最大の試練となったのは韓国の文化祭での出来事でした。歓迎ムードの中、ステージ上のクイズ大会で「この人物は親日家か、反日家か」「独島は誰のものか」といった、日本人生徒には衝撃的な問いが笑いの中で投げかけられたのです。 歓迎の裏側にある、逃れられない歴史の影。生徒たちは深くショックを受けましたが、そこで思考を停止させませんでした。重要なのは、その「1ヶ月後」に来日した韓国の生徒との対話を続け、お互いに状況を理解しながら氷解したという経験でした。 「国同士が解決していない問題がリアルタイムで影を落としている」「嫌いな人がいるのは当たり前」と冷静に現実を受け止めた上で、なお「対話を継続する」ことを選んだ彼らの粘り強い取り組みがありました。
【4】「リーダーの意見」ではなく「あなたの意見」を聞く スケジュール変更によって予定されていたディスカッションが中止になりかけた際、日韓の生徒たちは激しく議論しました。当初、韓国側のリーダーが組織の代表として「ハクナム高校の総意」を述べていました。 そこで和光の生徒が投げかけたのは、「あなたはどう思ってるの?」という、役割を剥ぎ取る問いでした。実は彼女もまた「リーダー」という重責に縛られていたのです。 「組織の正解」を求めるのをやめ、一人の人間としての本音を問いかけた瞬間、停滞していた関係は劇的に動き出しました。結局ディスカションは別日に移動しましたが、肩書きというフィルターを外し、個人の本音に光を当てることで、理解し合おうという気持ちが生まれ、納得と共に次の一歩を互いに作り出せたました。
【5】コミュニケーションは「他者」のためではなく「自分」を作るもの 交流を終えた生徒たちは対話の場を物理的に作り上げることの効果を、以下のように言語化しています。 • 「全員が前を向く通常の授業形式ではなく、机を円にして座ることで初めて、言葉が外に出るようになる」 • 「意見が言えなかった自分が、クラスの前で堂々と発言できるようになった」 • 「コミュニケーションが噛み合わないことを、他人のせいにしなくなった」 彼らにとって対話とは、単なるスキルではなく、世界との関わり方そのものの変容でした。 「これからもコミュニケーションを放棄せずに、様々な意見の合流をしていきたいです。」
和光高校・国際交流委員会の1年は、国際交流は相手を理解すること以上に「自分自身の当たり前を疑い、心を通わせるプロセスそのものにある」という経験です。 目の前の相手を「国籍」「肩書き」「年齢」というフィルター越しに見ないことは難しく、人と関わることで違和感を持つこともあります。それに対話で向き合おうとした国際交流委員会の1年間の取り組みでした。
「国際交流」に関する過去の投稿はコチラ↓
「国際交流委員」説明会が実施されました
国際交流委員の活動紹介(初回交流会編)
国際交流部 韓国訪問
和光高等学校の国際交流にはプログラムがありません。プログラムは日韓両校の生徒が話し合って決めていきます。
プログラムが決まっていないこの交流で、和光高校の生徒たちが韓国のハクナム高校の日本語クラブ「モナカ」の生徒たちとの1年間にわたる対話と葛藤から学んだ真の繋がりを築くための「5つのポイント」を報告しました。
【1】主語を「国」から「個人」へ――「私とあなた」 国際交流委員会が見出した視点は「私とあなた」でした。これは一見シンプルですが、交流時に背負いがちな主語「韓国人と日本人」というフィルターを意識的に外し、「私とあなた」をテーマに交流しました。この「私とあなた」という視点は、交流を単なる仲良しごっこにせず、「国」という枠組みから個人を解放し、目の前にいる個人を尊重することで初めて互いの本質に触れていくために必要な土台でした。 だからこそ普段の生活について質問しあい、「朝起きるのがだるい」「好きな人はいるの?」といった、他愛もない個人の言葉を大事に関係を築いてきました。
【2】言語の壁を越えるのは「翻訳機」ではなく「知りたい」という熱量 オンライン交流の初期、生徒たちは「翻訳機の画面を見せ合うだけ」というコミュニケーションの限界に直面しました。しかし、そこで彼らが学んだのは、テクノロジーの活用以上に重要な「届けたい言葉」の重みでした。 ある生徒は、ホームステイ先で感謝を伝えるため「家に着く3秒前まで、必死にチャットGPTで適切な挨拶を調べていた」と振り返ります。この泥臭いまでの熱量こそが、洗練された通訳ツール以上に相手の心を動かしました。 「言語の壁があっても相手のことを知りたいという気持ちが大切。これは言語の壁の有無に関わらず、どんなコミュニケーションにおいても重要なのではないでしょうか。」
【3】衝突を恐れない勇気――「反日クイズ」事件が教えてくれた「待つ」価値 交流の中で、最大の試練となったのは韓国の文化祭での出来事でした。歓迎ムードの中、ステージ上のクイズ大会で「この人物は親日家か、反日家か」「独島は誰のものか」といった、日本人生徒には衝撃的な問いが笑いの中で投げかけられたのです。 歓迎の裏側にある、逃れられない歴史の影。生徒たちは深くショックを受けましたが、そこで思考を停止させませんでした。重要なのは、その「1ヶ月後」に来日した韓国の生徒との対話を続け、お互いに状況を理解しながら氷解したという経験でした。 「国同士が解決していない問題がリアルタイムで影を落としている」「嫌いな人がいるのは当たり前」と冷静に現実を受け止めた上で、なお「対話を継続する」ことを選んだ彼らの粘り強い取り組みがありました。
【4】「リーダーの意見」ではなく「あなたの意見」を聞く スケジュール変更によって予定されていたディスカッションが中止になりかけた際、日韓の生徒たちは激しく議論しました。当初、韓国側のリーダーが組織の代表として「ハクナム高校の総意」を述べていました。 そこで和光の生徒が投げかけたのは、「あなたはどう思ってるの?」という、役割を剥ぎ取る問いでした。実は彼女もまた「リーダー」という重責に縛られていたのです。 「組織の正解」を求めるのをやめ、一人の人間としての本音を問いかけた瞬間、停滞していた関係は劇的に動き出しました。結局ディスカションは別日に移動しましたが、肩書きというフィルターを外し、個人の本音に光を当てることで、理解し合おうという気持ちが生まれ、納得と共に次の一歩を互いに作り出せたました。
【5】コミュニケーションは「他者」のためではなく「自分」を作るもの 交流を終えた生徒たちは対話の場を物理的に作り上げることの効果を、以下のように言語化しています。 • 「全員が前を向く通常の授業形式ではなく、机を円にして座ることで初めて、言葉が外に出るようになる」 • 「意見が言えなかった自分が、クラスの前で堂々と発言できるようになった」 • 「コミュニケーションが噛み合わないことを、他人のせいにしなくなった」 彼らにとって対話とは、単なるスキルではなく、世界との関わり方そのものの変容でした。 「これからもコミュニケーションを放棄せずに、様々な意見の合流をしていきたいです。」
和光高校・国際交流委員会の1年は、国際交流は相手を理解すること以上に「自分自身の当たり前を疑い、心を通わせるプロセスそのものにある」という経験です。 目の前の相手を「国籍」「肩書き」「年齢」というフィルター越しに見ないことは難しく、人と関わることで違和感を持つこともあります。それに対話で向き合おうとした国際交流委員会の1年間の取り組みでした。
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